自治医科大学大宮医療センター
総合医学2 外科 医学博士 早田 邦康 氏
高齢化社会の到来から、アンチエイジングが関心の的になっている。 自治医科大学大宮医療センターの早田 邦康 氏はアンチエイジングのカギは過剰な炎症を抑制することにあるという。早田氏にアンチエイジングの最新情報をうかがった。
----アンチエイジングについて先生のお考えをお聞かせください。
早田:今、アンチエイジングと抗酸化作用がよく関連づけられています。ただ、これに私はきわめて大きな疑問を持っています。
フランス人はイギリス人やドイツ人と同じくらい多くの動物性脂肪を食べています。にも関わらず、フランス人は動脈硬化による心筋梗塞などの病気が少ない。疫学調査の結果、ワインを多く飲む人ほど動脈硬化による心筋梗塞などの病気が少ないことが指摘されました。
このことはフレンチパラドックス(フランスの逆説)と呼ばれ、1970年代に有名な医学雑誌「The Lancet」に相次いで報告されました。それで、ワインに含まれる抗酸化物質と動脈硬化との関係が着目され、抗酸化作用とエイジングが結びつけられるようになったと理解しております。
ですが、実は、ワインより3−4倍も強い抗酸化作用のある飲み物があります。その飲み物はコーヒーです。ところが、コーヒーの量と心筋梗塞の発症率の間には何の関係も認められません。また、野菜を食べる人々は動脈硬化が少ないことが疫学調査ではっきりしていますが、野菜には抗酸化作用がほとんどありません。
さらに、強力な抗酸化作用のあるビタミンC、ビタミンEやベータカロチン(合成)を実際に飲んでもらって、動脈硬化などの生活習慣病の進行を抑制できるかどうかがたくさん研究されています。
ところが、それらの研究の結果、これらのサプリメントが明確に生活習慣病を予防もしくは改善するという結論には達していません。困ったことに、一部の研究では、これらのサプリメントで癌や心筋梗塞のリスクを高める可能性がある、との指摘もあります。
ここにきて、先ほどのLancetという医学雑誌自体も、「飲酒が動脈硬化を抑制している証拠は乏しく、フレンチパラドックスも疫学調査の方法や結果の解釈に問題がある可能性がある」というように、1970年代に自らの雑誌に掲載した論文を否定するような記事を掲載するに至っています(2005年)。
さらに、科学誌「Science」は、エイジングにはミトコンドリアの中のDNAの変異が関係しているが、酸化は関係ないと報告した動物実験の結果を掲載しています(2005年)。
つまり、最新の研究結果は、「抗酸化作用が動脈硬化などの生活習慣病や老化そのものを抑制する」ことに疑問を投げかけているのです。
----そうしますと、エイジング(老化)の最も重要なファクターは何ですか。
インフラメイジング(inflamm-aging)とは。
早田:加齢に伴って増加する生活習慣病や老化そのものには、炎症が密接に関係しているといわれています。炎症(inflammation)と老化(aging)から作ったインフラメイジング(inflamm-aging)という造語がありますが、これは炎症と老化がきわめて密接な関係にあることを示す言葉です。動脈硬化、アルツハイマー病、慢性関節炎等の生活習慣病の発症には炎症が関与していることがはっきりしています。
また、慢性炎症が繰り返し起こっている場所(臓器や組織)には癌ができやすいことが判っています。これは、炎症が繰り返されることによって遺伝子が傷つき、徐々に遺伝子が変化して、結果として癌化すると考えられています。実際に、炎症を押さえ込む薬(抗炎症剤)を飲んでいる人は大腸癌になりにくくなることも判っています。
つまり、アンチエイジングを考える上で重要なのは、必要のない炎症をいかに押さえ込むかということです。
----炎症が起きるメカニズムについては。
早田:炎症は免疫細胞が引き起こします。身体に細菌などの異物が入ってくると、体中の組織の中で見張り番をしている免疫細胞が反応して、異物をやっつけるために攻撃します。このために炎症が起きます。ニキビが赤く腫れ上がって痛みが出ることと同じことです。
多勢に無勢では戦いに負けてしまうので、免疫細胞は異物を排除するために仲間(免疫細胞)を呼び集めるための様々な信号や物質を出します。その信号は血管内皮細胞と呼ばれている血管を内張している細胞に届いて、血管内皮細胞は仲間の免疫細胞に対して援軍を要請する合図(ICAM因子)を出します。
免疫細胞は血管内を回っているので、血管の内張の血管内皮細胞に出ている合図(ICAM因子)をたよりに、炎症の存在、すなわち異物のある場所を確認します。その際、免疫細胞はLFA-1と呼ばれる手のようなものを使って、ICAM因子を認識します。細胞の表面には、数百というたくさんの種類の手がありますが、免疫細胞のLFA-1 はICAM因子としか結合しません。このLFA-1とICAMの結合が免疫細胞を刺激して、結果として炎症をさらに強くするのです。
私たちの体は、細菌などの外敵から免疫細胞の働きで守られ、その結果として生じる現象が炎症なのです。この炎症が外敵に向いている分にはありがたいのですが、自己免疫性疾患のように自分の組織を免疫細胞が攻撃すると、病気の原因を作ってしまいます。
加齢の典型的な病気である動脈硬化の場合、酸化コレステロールが血管壁に沈着し、免疫細胞がその酸化コレステロールに反応して炎症が生じることによって生じます。コレステロールが長年高くて、炎症が慢性化すると、徐々に血管が固くなり動脈硬化が完成し、同時に血管の中も傷ついて血栓ができるようになるのです。
----老化は炎症をまず食い止めることからですね。
早田:LFA-1とICAMがくっつかなければ炎症は起きません。薬でLFA-1とICAMをくっつくことができなくすると、多くの炎症性疾患がなおることが証明されています。
ところが、困ったことに、私たちの研究では、年をとればとるほど人の免疫細胞表面のLFA-1が増えることがわかっています。すなわち、年をとれば取るほど、炎症が起きやすい状態になっているということなのです。LFA-1が炎症を誘発する因子であり、炎症が老化や加齢に伴う疾患を進行させるので、加齢とともに増えるLFA-1を老化因子と呼んでいいのではないでしょうか。
魚油は動脈硬化の進行を抑制していることが判っています。その機序としては、魚油に多量に含まれているイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が血管内皮細胞のICAM因子を抑制するように作用し、このことが動脈硬化の進行を抑制している原因ではないかとも考えられているのです。
すなわち、免疫細胞を呼び寄せるICAM 因子が減るために、免疫細胞のLFA-1がICAMと結合する機会が減り、そのために炎症が起きにくくなり、動脈硬化が進行しにくくなっているのではないかと考えられるのです。
であるならば、老化因子であるLFA-1を減らすことによって、EPAやDHAと同じ様に動脈硬化などの生活習慣病を予防できる可能性が高い訳です。問題はLFA-1をどうすれば減らせるかですが、私達は納豆や発酵食品に多く含まれるポリアミンに着目しています。
ポリアミンには抗炎症作用があるということを私達は1997年にLancetなどに発表しています。さらに、2005年には、ポリアミンが人の体内でリンパ球表面にあるLFA-1を抑制しているという事実を医学雑誌(J.Immunol)に報告しています。
----高齢者ではポリアミンが作られにくい。
早田:ポリアミンは全ての生物(微生物、植物、動物)の細胞内で、アミノ酸の一種であるアルギニンから合成されます。発見されたのは1678年。その後、ずっといろんな研究がされていますが、判っていたのは、この物質がないと細胞は増殖できず、生物は成長できないということです。ですから、成長期には活発に合成されます。
ところが、年をとるとポリアミンの合成能が低下します。ラットを使った実験で、老齢ラットと若いラットを絶食にし、ポリアミン原料であるアルギニンも与えない状態にした後に、餌を与えました。そうすると、食餌を始めたとたんに若いラットはポリアミンをどんどん作ることができたのですが、老齢ラットはポリアミン合成が低下したままだったという実験結果が報告されています。
----ポリアミンがエイジングのカギを握るというわけですね。
早田: これまでの大規模疫学調査で、動物の肉より魚を多く摂る、動物の脂よりも魚油や植物油を多く使う、穀物やフルーツや豆類、それからチーズやヨーグルトをよく食べる、こういう人たちは動脈硬化になりにくく、健康で長寿であると報告されています。
魚の肉にはポリアミンは少ないですが、魚油にはEPAやDHAといったICAM因子をあがりにくくする物質が多量に含まれており、魚や魚油や植物油を好んで摂取する人は、炎症が起きにくくなっていると考えられます。
では、魚以外の食物、すなわち、豆類、チーズ、ヨーグルト、それと穀物やフルーツなどの食物繊維に共通しているのはなんでしょう。じつは、これらの食物に共通するのが、ポリアミンなのです。
豆類には原則的に高濃度のポリアミンが含まれており、高ポリアミン食の代表格というと、自然食品では大豆です。昔から健康によいといわれているキノコ類もポリアミンが多く含まれている食品の一つです。また、微生物による発酵過程でポリアミンがたくさん作られます。つまり、原料にポリアミンが含まれていなくても、発酵食品には発酵の過程で多量のポリアミンが増えることになるのです。
牛乳にはポリアミンは殆ど含まれていませんが、牛乳を発酵させてつくったチーズや発酵の進んだヨーグルトには高濃度のポリアミンが含まれています。当然、もともとポリアミン濃度の高い大豆を発酵させて作った日本の伝統食品である味噌、醤油、納豆はポリアミン濃度が最も高い食品です。
世界最高の長寿国である日本の中でも、最も長寿な沖縄の人達は、泡盛を作る時にできるもろみ(黒麹菌の発酵による米麹)を昔から料理に使っています。このような発酵物質の中には多量のポリアミンが含まれています。
野菜は意外とポリアミンが少ないのですが、食物繊維があると腸内細菌の微生物の発酵を促してポリアミン合成を促進します。また、乳酸菌飲料を飲み続けることによって、ポリアミンを活発に合成し続ける新鮮な乳酸菌を増やし、体内にポリアミンを供給し続けているのではないかと考えられています。
納豆は、高ポリアミン食の要素をすべて持った食品です。すなわち、大豆の発酵食品で、食物繊維が豊富で、納豆菌が生きたまま腸内に届きます。私達の研究で、人が実際に納豆を食べ続けると、ポリアミンの血中濃度が上がることが判りました。
このように、これまで、食べ物の健康との関係について大規模な疫学調査でよくわからなかったことが、ポリアミンで考えると非常にうまく説明できます。
ワインの消費量の多いフランスはイギリスやドイツと比べて動脈硬化が少ないという疫学調査が出ているといいました。これはワインをチーズで置き換えることもできます。
すなわち、フランス人はイギリス人の2倍、ドイツ人の1.5倍程度多くのチーズを食べているのです。そして、その傾向は数十年も変わっていません。すなわち、フレンチパラドックスは、チーズの摂取量とチーズに含まれるポリアミンの作用で明確な説明ができるということなのです。
西洋の人たちの食卓でもっとも高濃度のポリアミンを含む食品はチーズやヨーグルトです。魚が手に入らない山奥でも、健康で長寿の地域は世界にたくさんあります。そうした地域で登場する長寿のキーワードは、必ずと言っていいほどチーズやヨーグルトです。
----ポリアミンの作用機序については。
早田: 体内に異物が入ってくると免疫細胞は攻撃を行います。腸は体内に異物(食物はもともと生物である)を入れないために消化という作業で食べた異物(食物)をバラバラにします。自分以外のタンパク質などの異物が体内にそのまま入ってきたら大変なことになるからです。健康によい成分を食べても、有効成分が体内に届かなければ何の意味もありません。
バラバラに分解された栄養分は、自分の体の中で必要なものに再合成されます。つまり先ほどのラットの実験ではないのですが、高齢者が若年者と同じ原料を、たとえ多く食べたとしても、若年者と同じものは合成されません。無駄にカロリーを増やしているだけです。
ポリアミンは分子量が小さいですから、すぐに吸収されます。特に、スペルミンとスペルミジンを分解する酵素は腸管の中にないので、腸内にあるものは、そのままほとんど全部吸収されます。また、食物中や発酵菌が作ったポリアミンと私たちの体内のポリアミンは共通なので、体内で自分の体に合うように再合成される必要もなく、体中の細胞に取り込まれることが証明されています。
先に述べたように、ポリアミンが人の体内でリンパ球表面にあるLFA-1を抑制しているという事実を私たちは発見しました。そこで、実際に人の血液からリンパ球を取って、ポリアミンを加えるとどうなるかということを検討しました。
そうすると、ポリアミンを多く含んだリンパ球のLFA-1が徐々に減ってくることを確認しました。しかも、このLFA-1の減った免疫細胞は、血管の内張の細胞である血管内皮細胞へくっつきにくくなったのです。すなわち、炎症の最初の重要なステップが起こりにくくなったのです。
動脈硬化を例にとると、免疫細胞のLFA-1が少なければ酸化コレステロールが血管壁に沈着しても炎症が起きにくくなります。すなわち動脈硬化が進行しにくくなります。
ポリアミンが細胞に悪い作用をしてのではないかと考える人もいるでしょう。そこで、私たちは、ポリアミンの濃度が高くなった細胞がどのような状態なのかを検討してみました。そうすると、NK活性という免疫の見張り番は、過酷な状況においても高い活性のまま維持され、強い刺激にはむしろ強力に反応することがわかったのです。すなわち、高齢者の免疫細胞にポリアミンを取り込ませることによって、若い人の免疫細胞の状態になったのです。
----エイジングにはポリアミンでまずLFA-1対策をということですね。
早田: LFA-1を抑制すると、炎症性疾患やアレルギー疾患が治せるということが判っています。ただし、LFA-1を完全になくしてしまうと免疫機能がまったく働かなくなり、細菌等が体内に入るとあっという間に大増殖します。ですから強制的に薬でLFA-1の機能をなくすことは好ましくありません。しかし、ポリアミンは自然の物質です。しかも、ポリアミン濃度の高くなった免疫細胞は、何かことがあった時に活発に働く非常に目的にかなった物質です。
ポリアミンはLFA-1という老化因子を抑制して炎症を起こりにくくします。また、ポリアミンには、放射線障害から遺伝子を守る働きのあることも報告されています。実は、抗酸化作用のあることも判っていますが、最初に述べた理由で、抗酸化作用自体はあまり重要視していません。
日本人はポリアミン濃度が自然食品の中で最も高い大豆を発酵させてさらにポリアミン濃度が高くなった食品(味噌、醤油、納豆)が長年食生活の中心になっています。
LFA-1という因子はアレルギー疾患も誘発する因子です。昔の日本人には花粉症などのアレルギー疾患はあまりありませんでした。どんなに貧しい時代でもポリアミン濃度の極めて高い大豆の発酵食品を手放さなかった日本人が世界中で最も長寿であるということは、ポリアミンを基本にして考えるとごく当然の様に思えます。
ご飯に納豆(発酵食品)、みそ汁(味噌:発酵食品)、ぬか漬け(ぬか:発酵食品)、焼き魚(EPA、DHA)、このメニューがいいということでしょうか。アメリカでは日本食が注目されていますが、日本でも更に、スローフードなどの伝統的食文化を広めていくことが大事なのでしょう。⇒食べ物、食品、食料品、飲食物
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細胞レベルでの老化の研究をやっていたことがあるので、この話を昔に知っていたら、もっといろいろな改良が出来たのに。
日本のスローフードは塩分過多が問題になることもありますが、その点をおさえれば、日本人の健康にはいちばん良さそうな気がします。
それでは応援ぽちぽちぽち・・・
アンチエイジングは興味
ありましたが、こんなに
詳しいところまでは
知りませんでした。
勉強になりました。
応援 してかえりまーす!
当時のお話をもっと聞いてみたいです!
スローフードは塩分が多いですか…。和食といえば『さしすせそ』ですから、そうなるのも仕方のないことなのかもしれませんね。
因に、おにぎりにはたっぷり塩かけちゃいます!(苦笑)
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akiさん
研究者の方々は凄いですね。ただ、こういうことをもっと巷に広げていただきたいです。
応援ありがとうございます♪